競馬の世界では番狂わせという誰もが予想しない結果になるレースがしばしば起こります。弱者が強者を破る。強者は強いからこそ強者であるわけで、なかなかそれを破ることはできません。しかし、長い日本競馬の歴史の中には考えられないような番狂わせもありました。今回紹介するのは、そんな競馬史に残る番狂わせを演じて見せた、皇帝を射ち落とした男。
ギャロップダイナです。
ギャロップダイナは1980年生まれ 母はアスコットラップ 父はノーザンテースト
主戦騎手 柴崎勇 主な勝鞍 天皇賞秋、安田記念ギャロップダイナは新馬戦こそ勝利を挙げるが、その後が続かなかった。新馬戦の後7戦して勝ち星がなく、8戦目でようやく2勝目をあげ、新馬戦の勝利から実に1年半ぶりの勝利だった。同期のミスタシービーが世間を沸かせるのを横目にギャロップダイナは条件戦で勝ち負けを繰り返していた。4歳の春に3連勝を飾り、調子を上げていくかに見えたが、まさかの11連敗、その間京王杯スプリングC(G2)、安田記念等の大レースにも出走するがあえなく惨敗。連敗11戦目の札幌日経賞ではスタート直後に騎手を落としながらも、4コーナーで好位につけ、そのまま鮮やかに差しきって1着でゴールするが、騎手が乗っていないために当然の失格。この
珍事はその年のスポーツ番組で何度も取り上げられた。
4歳時の3連勝の最後の勝ち星である道新杯から丸1年後の道レースで1年ぶりの勝利を挙げると、2戦続けて2着と、好成績をを収め、重賞勝ちのない単なるOP馬であるにもかかわらず、無敗の三冠馬
、皇帝シンボリルドルフの参戦する、天皇賞秋に出走することになった。
迎えた本番、休養明けにもかかわらずシンボリルドルフは単勝1倍代の圧倒的1番人気に押され、対するギャロップダイナは
13番人気と当然のことだが全く人気がなかった。
誰もが皇帝の勝利を疑わなかった第92回天皇賞秋。リキサンパワーが道中先頭に立ち、ハイペースな展開となる。シンボリルドルフはいつもどおりの中団待機で、直線半ばで当然のように先頭に踊りでるが、ハイペースで脚がそがれたのかなかなか抜け出せない、それでもウインザーノットの追撃を振り切ってゴールを駆け抜けるかと思われた瞬間、大外からメンコをつけたギャロップダイナが
強襲、
皇帝を射ち落とした瞬間だった。レコードでシンボリルドルフ破ったギャロップダイナは勢いにのってジャパンカップと有馬記念に挑むがあえなく惨敗。
明けて6歳の初戦東京新聞杯で勝利を飾り、京王杯スプリングカップの4着をはさんで挑んだのは春のマイル王を決める安田記念だった。
マイルの覇者ニホンピロウイナーの引退で混迷を極める安田記念で、
1番人気に押されたギャロップダイナは天皇賞秋と同じく大外からの強襲で粘るホリノカチドキを振り切ってゴールイン、
G12勝目を手にした。安田記念後ギャロップダイナは海外遠征を行うがジャックルマロワ賞(G1)ムーンランドロンシャン(G1)をそれぞれ12着、10着と全く振るわず無念の帰国となった。帰国後天皇賞秋、ジャパンカップと挑むが見せ場なく敗退、ジャパンカップでは11番人気とかなりの低評価で、誰の目にも落ち目に見えていたギャロップダイナだった。
生涯最後のレース、暮れの大一番有馬記念での人気はやはり低く
11番人気だった。12頭中実に8頭がG1馬という豪華な顔ぶれで行われた有馬記念の中での11番人気、G1馬の中で1番の低評価を受けたギャロップダイナは
意地をみせる、誰もが若い世代、ダイナガリバー、サクラユタカオー、ミホシンザンなどに注目する中、直線半ばで先頭に立ったダイナガリバーを大外から追い詰めたはギャロップダイナだった。
ダイナガリバーから遅れること半馬身差の2着だったが、脚色は明らかにギャロップダイナの方が良く、あと半ハロンでもあればというところだった。最後に全国の競馬ファンに
皇帝を破った男としての意地をみせつけて、ギャロップダイナは現役を退いた。
ギャロップダイナは天皇賞秋を勝った馬でもなく、安田記念を買った馬でもなく、皇帝を破った男として競馬ファンに知られています。当時全盛期の皇帝シンボリルドルフに敵はなく、その磐石ぶりは天皇賞秋で休養明け、でしかも大外枠の17番と不利な条件ながら単勝オッズ1倍代というところからもわかっていただけるかと思います。対するギャロップダイナは天皇賞までに31戦7勝で、OP以上のレースでの勝利は2回しかなくさらに言えば、新馬戦以外全てダートでの勝利と、どこをどー探しても皇帝を討ち取る要素はありませんでした。しかし、結果はご存知の通り単なるOP馬が皇帝たる無敗の三冠馬シンボリルドルフを射ち落とすという競馬史に残る大波乱でした。しかも、ギャロップダイナがこの天皇賞秋に出た理由が、競馬界の名門である社台から伝統ある天皇賞に1頭も出走しないマズイということで急遽出走することになったという、いわば体裁繕いだったというからなんとも皮肉なものです。
さて、このギャロップダイナ、結局ところ強かったんでしょうか?弱かったんでしょうか?答えは「強かった」です。天皇賞秋での勝利はよくフロックだとか、シンボリルドルフが万全じゃなかったからだとか言われますが、まずギャロップダイナは天皇賞秋をレコード勝ちしています、それに次の年には安田記念を勝っていますから、弱いわけがありません、ちなみに言うとギャロップダイナは皇帝シンボリルドルフを後ろから差しきった唯一の日本馬であります、カツラギエースは逃げ切りだったのでまた別です。それとこれは私の個人的な意見なんですが、このギャロップダイナ、相当な気まぐれだったのではないかと思うんです、
走る気さえ出せば相当な力を発揮できるのに、自分の気が乗らないと「もーやーめた」といわんばかりに凡走して、ひたすらに評価を下げていく、安田記念を勝った後は勝ち星に恵まれず、海外2戦を含めたG14レースに出走するも、着順はジャックルマロワ賞12着、ムーンランドロンシャン賞10着、天皇賞秋4着、ジャパンカップ10着という体たらく、天皇賞秋でなんとか4着に入るがそれも後の3戦のおかげで焼け石に水で、周囲のギャロップダイナに対する評価は下がっていく一方でした。しかし、最後のレースとなった有馬記念では、最後ぐらい思いっきり走ってやろうと思ったのか、直線先頭に立ったダイナガリバーを天皇賞の時と同じく大外から強襲します。半馬身足りませんでしたが、勢いは完全にギャロップダイナで、あの追い込みをいつでも繰り出せたらもうちょっといい成績を残せただろうとつい思ってしまうのです。
最後にギャロップダイナの戦績は42戦10勝で、戦績だけ見れば駄馬に見えないこともありません。
1985年天皇賞秋
" 競馬史に残る大波乱。
※馬齢、レース名は現在の基準で表記しています